ろくでなしドラマチック|本を作った




今日は、本を一冊作った。

このあいだの旅のプレゼントのお礼に何か。北海道のお酒を送るのはどうか。北海道の食べ物やらを送るのはどうか。仕事をまた一旦ストップすることにしたから、お金ももう本当に無いな。お礼に何か。


旅の本を作った。

ネットで製本を頼んだ。

紙のサンプルなど、手に取ることができないから、気になる。全く美しくないものが出来上がっては嫌だから、一度こちらに送ってもらうことにする。マット紙にするには記憶が新しすぎるから、グロス紙にしてみる。サイズは気合の入った写真ではないから、A5にしてみる。ぎゅうぎゅう詰めるの嫌いだからと余白を多めに作ったら、96ページにもなる。

届いて、あげるのには忍びない美しくないものだったら、自分の手元に残しておけばいい。また思い浮かぶだろう。


・・・

本になるというのは、いささか気持ちがいい。どうやら製本のオンデマンド販売サービスたるものがあるみたい。

仕事をまた一旦ストップッせざるを得なくなったので、時間だけはある。外では2時間も働けないのに、こんなことなら、一日中できる。参る。






どうして、あんなに「普通」に寄ろうとしていたのかわからない。紛れよう、紛れようとしていたのかわからない。一番遠くて、憧れていて、戻りたくもないものなのに。

一度、ロクデモナイ方へわざと向かって行ったことがあった。

今まで全く関わりのない別世界だったものが、すぐに拾ってこれた。もしくは、自ら寄ってきた。不思議だ。動いてないのに、やってきた。いや、不思議じゃない。自然の摂理。


ロクデモナイものの中にいた時、私の毎日は、ドラマチックではあった。そうね、それなりにドラマチックだった。幸せとか平和とか、そういうのではなく、「ドラマチック」。だけど怖かった。得たイイものは、一つもない。

ロクデモナイものではないものの中にいる時、私の毎日は、気力が必要だ。気力と忍耐。そうね、隠さなきゃいけないことが、とても辛くなる。辛くなって憎たらしくなる。それに気力はどんどん使われて、やっぱりいつも、終わってしまう。あら、温かいと思うものもある。穏やかと思うものもある。だけど、いつも「隠している」「本当の私」が、出てきてしまってパンクする。普通に紛れて、浮き出てくる。


結局どちらもだめね。

ロクデモナイものではないものの中にいて、隠している私を前面に出して、ドラマチックでいられればいいのね。そこは試してないな。

「わがままでも、イキってても、自分勝手でも、なんでも良いから、そのままでいい。」と言われた言葉を、いつも胸の中に置く。

それで、色々な申し訳ない気持ちや、悔しい気持ちを、その言葉で帳消しにするよう心がける。3万円しか働けない。3万円も働けない。できることをするのは常だけど、できることだけをする屈辱に似たものが、いつも隣に並んでる。口には出せないから、涙が出てくる。


やっぱりいっそ、うんざりするような、好かれもしないような、ロクデモナイことをしてみようか。好かれようや、普通にしよう、と苦しいならば、いっそうんざりされるような、普通ではないことをしようか。

存在なんかない、『普通』に、執拗にこだわり続けてるのは、私だ。ああ、馬鹿みたい。




ブルーベリーが「実った」。

上へ上へ先に伸びて行ったものたちより、この下の、真ん中の、頼りない、美しさのかけらもない、ロクデモない、枝の。

なんで私がなんで私がなんで私がと、なん億回も思ったな。

一時も甘えてなどいないのに。

そら、初めて聞く耳鳴りがする。



ここはいつでも、無くせるのだから。



『気力は有限。』か。



馬鹿みたい。



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