わたしとべんとう創刊|月間12,000PVと小さな世界のありがとう






創刊して、すぐ廃刊になりました。「わたしとべんとう〜パンとポテサラ編〜」です。何作ってたんだろう、私。笑。

-----

面白いことに、ここを遊び場に変えたら、ここにたどり着く人も、国も、人数も、ガラリと変わった。から記録しておく。

どうやら、月間1万PVは、個人ブログ(普通の人)で上位5%に入るらしい。という記事を読んだ。

本当か?日本のか?世界のか?嘘か?わかんない。

よくわかんないけど、そうだとやっぱり何だか嬉しい。だから、そう思っておこう。




ちなみに、国別はこんな感じ。面白い。


Merci.
Thank you. 
спасибо. 
ありがとう。
Дякую。
Obrigada. 
Terima kasih.
እግዜር ይስጥልኝ


この小さい世界に集まった「ありがとう」たち。(&おまけ。)

言葉ってすごいな。文字すごい。そして読めない。笑。



一番大事なのは、Keep it real. But... not too much.

他に大事なのは、言い訳はつまらない。不自由にするような見栄やプライドはいらない。

肝心なのは、人は自分をそんなに気にしていないという事実。

大丈夫だよ。




なんか変なの〜。

自分の思い通りになることが「良いこと」とは限らない。大勢のいう「良いこと」が「良いこと」とも限らない。「良いこと」って、きっと、そういうことじゃないんだなあ。

でも、自分の感じる「良いこと」が、誰かの感じる「良いこと」と重なるのは、とても嬉しいこと。


P.S 記念すべき、ひっさびさの肉体労働。湿布4枚貼って寝る。大丈夫だよ。おやすみ。



Like! Click here▼▼▼

1.   2.にほんブログ村 英語ブログ 英語の日記(和英併記)へ

Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...

Comments

  1. Yさん、Good morning!

    「わたしとべんとう〜パンとポテサラ編〜」復刻を希望します!
    こんな雑誌あったら、買いたい~(^^♪Yさんのパン系写真、いつも美味しそうで、オシャレなカフェの写真みたいです☆食べた~い!

    色々な国の方が、Yさんのブログを見に来る理由も分かりますー。文章も凄く知的だし、こんな風に自分を分析し、その自分を受け入れられるのは、出来そうで出来ない事だと思います。私は、よく人を羨んでしまうクセがあり、あの人はあんなにキラキラしているけど、私はどうだろう…なんて思って、その違いの理由を色々見つけては納得みたいな…。キラキラしている人は、必ず努力しているのに、私は何も努力していない。そのくせにキラキラを求めてしまう。最悪なのは、子供のせいにしたり…。子供がいるから時間が無いとか、忙しいとか…。子供がいてもキラキラしている人は、沢山いる。私も、その人達の足元にでも追い付けるよう、何か努力をしなくてはいけませんね。人は人、自分は自分で…。
    朝から愚痴ってしまいました(^^ゞ

    ReplyDelete
    Replies
    1. Naomiさん、 Morning!

      私思うのですが、「我慢」が第一優先に備わってしまっていると、人を羨んだり、卑下したり、しやすいなあって。長女長男とか、誰かのために日々を時間を費やさなきゃいけない環境とか。

      私長女で、次女が年子で病気がちで、いっつも入院してたんですよね。私はありがたいことに元気で、いろんなことが割と簡単にできるタイプで、だから両親の気をひく方法が「我慢」して「良い子」にして「なんでも上手にできる」だったんです。好きや嫌いを考える前に、当たり前に「我慢」がありました。できなきゃ人じゃない、みたいな当たり前がありました。それが、人を羨む気持ちや、人や自分を卑下する気持ちを生むんだなあ、というカラクリに気づいたのが最近で、すごく遅いですけど。笑。

      それを踏まえて人を徹底的に排除してみたんです。人、というか、日々目の前にあるもの以外の排除。テレビ見ないとか、人と極力合わないとか、携帯で無駄に繋がらないとか。人の要望に応えるのが当たり前だったけど、それも少しでも嫌だな、と感じたら断るようにしました。勇気出して。笑。

      そしたら、嫌々やっていたことが、「やっぱり嫌じゃないこと」「もっとこうしたほうがいいこと」「やめたほうがご機嫌でいられること」そういう風に自然と分別できるようになってきました。そして、自然と人を羨む気持ちの不自由さにも、蔑む気持ちの不自由さにも、気づいてきました。

      (人にどう見えてるかわからないけど)自分がいかに、自分に意地悪に厳しく当たっていたかということも、とてもわかりました。

      意識を変えて、少しわがままに過ごしてみると、自分がご機嫌でいられる率が高くなって、周りもご機嫌で接してくれる率が高くなって。

      私、Naomiさんが努力してないとは思えない。自分に当てはめるのもおかしいけど、私は精一杯努力してきたもん。自分の発展、ではなく、誰かのため、努力してきた。ただ、厳しく意地悪にしていただけ、その努力の仕方が間違ってただけ。

      「我慢して」やることと、「自然と」やること、全く同じことをやってても、全然快適さが違うから。あったかいような気持ちも「我慢」に慣れて見えなくなるのはとても悲しいと思うから。

      お金があったら。時間があったら。私そうやってもう、世の中を恨みまくってました。笑。私が時間もお金もないのは、我慢してやってやってるからだって。笑。でも、実は、時間があろうがお金があろうが、意外とやらないんですよね。笑。やるかもしれないけど、気持ちの注ぎ方が違うというか。本当にどうしてもやりたい時や買いたいものって、我慢できずに行動しちゃうなあ、って。それに従ったほうが、気持ちいいなあって。

      一個の気持ち良さが、色々な自分の明日や明後日に影響するはずだから、その一個の気持ち良さはとても大事だなあ、って。

      すごおおおく、何が言いたいのか、余計なお世話なことを書いてしまいましたが、私は、Naomiさんが誰とも比べずに、キラキラああああっとしていられることを、願っています。

      へへへ。

      (復刻は、、、考えまあす。笑。でも嬉しいです:)どうもありがとう。)

      Delete

Post a Comment

Popular Posts