出来ない事が 出来る事の 邪魔をする|英語の日記を書く方法


The flowers for this week - two yellow roses and ...





10 red roses! So happy that is 453 yen in total! Lucky me.





『できることが、できないことで邪魔されてはいけない。』

そんな当たり前のことに気づいた今日から、ここは私の遊び場としたい。


-----

最近の大問題は、日本語から書き始めてしまうこと。

最近、英語が出て来ない理由がここにある。英語の日記が書きたかったら、とっぱじめから英語だけで考えて書かなければ、私は書けない。日本語から出てくると、私の英語力では英語への変換が追いつけない。「〇〇〇 英語」検索ポチっ、を気づけば自然とやり始め、どんどん疲れて嫌になる。最終的にやめる。

そして、その不自由さが勿体無く感じてきた。

他にも疑問が湧いた。

『英語と日本語を並べて書くことが、どうも美しく思えない。』

『せっかくの湧き出る言葉を邪魔するものが他言語なら、それは言語の意味がない。』

「実家に帰る」という、ある意味過去に戻る状態になったら、色々な疑問が出てきた。

両方書かなきゃいけないという縛りが、せっかく湧き出る(流暢な。笑)日本語も、(拙いシンプルな)英語も、私から離れていってしまう。全てがバラバラになってしまう。そんな気がした。不自由だと思った。

不思議なことに、日本語で書き始めたら、海外の訪問が異様に増えた。理由はわからない。でも、異様な爆発っぷり。(結構怖い。)

この間、うちの一番小さい人が、「私と話してて、面白い?」と聞いてきた。彼女は、自分の話が面白いか、間違ってないか、否定されやしないか気になってしまうらしい。その結果、思っている「どうでもいいこと」をわざわざ伝えるという発想に行かないらしかった。うむ、よくわかる。

だから、素直に出てきた言葉をお伝えした。「あなたの話の内容が面白いかは別として、あなたがどういうことを考えてるかを、知れることが面白い。そして嬉しい。」と、自分で言って、そうか。そうだ。と思った。




上の写真の棚にあるこの4冊のモレスキンは、英語のために費やしたもの。カナダの先生とのやりとりメールを全部記したもの+間違い添削+日本語のメモ。

ものすごく頑張って書いていた記憶があるけれど、今思えば、結局書止めるのが目的だった気がする。その後見直すこともなく。文法も単語も全然頭に入ってない。

でも、きちんと覚えているのは、彼女が何を考え、私が何を考え。「知れる嬉しさ」「交わした異見」。遠く離れた人。3回りくらい上の人。少しでも惹かれあった「何か」。感じ合えた嬉しい気持ち。それだけは、ちゃんと覚えてる。

私が英語の日記を続けていけたのもきっとそう。「拙い言語だから伝わるまっすぐさ」を感じてくれる人がいて、話しかけてくれたから。良く言えば、「拙いから出てくる削ぎ落としたシンプルな言葉。」悪く言えば、「わかんないからめんどくさくなっては端折った言葉。」それをどうにか補おうと添えた写真。

英語しか話さない人に、拙さが運ぶ私の人間性みたいなものが伝わって、それを好んでくれて、話しかけてくれた。とても嬉しかった。それが運んでくれたものがたくさんあった。

-----

やっぱり見たいと思うものは、「内容に興味がある」ものだ。

きっかけはなんだっていい。でも、とにかく出会った。言語なんて関係ない。頑張って読む。笑。便利な世の中なのだ。そうだな、できれば。どこか、見た時に美しさがあったら良い。シンプルさや統一感があったら尚良い。真っ直ぐだとすごくいい!

そう言えば、歌も。意味はわからないけど、言葉を超えた、感じるものだけが運んでくる楽しみ。わからないから湧く、知りたいという欲望。いきなり湧く付加価値。それが体を動かす。

余白と自由って素晴らしいな、と思った。誤解もあるだろう。伝わらない悔しさもあるだろう。けど、それより何より、余白と自由が奪われることの方が、壊れてしまうことの方が、怖い、と思った。

自分が裸でいることを良しとしたら。プライドやら見栄を捨てるのを良しとしたら。言い訳をやめれば。価値観を人に委ねなければ。

言葉は、道具でなければいけない。グローバルな言語を使っておいて、なんて狭い世界に自分を閉じ込めていたんだ、と思った。バカだ。それと同時に、自分の言語を使うなら、いっそ鎧を纏うのをやめなければいけない、とも思った。知ってる言葉が運んでくる不自由さ。知らない言葉が運んでくる自由さ。

伝えることを目的とするのももうやめよう。小さい頃から、伝わらないもどかしさ、そこから湧く苦しい出来事を積み重ねてきた私は、すごくそこに執着していたんではないかと思う。普通にできるべきことができなかった私は、そこにすごく執着した。憧れた。できないことに、執着した。

壁だけ見て何になる。不自由だけ見て何になる。だから、やめた。自分で自分に不自由を作るのをやめた。

-----

両方の言語を操れたらどんなに伝えられることの幅が広がるだろう。英語を始めたのは、そんな思いがきっかけだったことを久しぶりに思い出す。

やめると見えることっていっぱいある。振り返って見えることもいっぱいある。最近、そういうの、たくさんある。しんどい。実家効果。笑

その時、できなくてやめてしまったことを、大事にしまっておきなさい。と言われたことがある。無駄なことなんてない、ある時、それがいきなり役に立ったりするんだから、それが人生の楽しみだ、と。

言われた時は、うるせえな、じじい、と思ったのは秘密として。笑。でも今、なんとなくわかる。

久しぶりに思い出した。実家効果。笑。

と、検索に引っかかりそうなワードのタイトルをつけてみたんだけれどね。ここまで読んだ人のがっかりした顔を想像して、心のシャッター切りました。保存。

今日は。おしまい。

と、思ったけど、一つだけ気に入ったもの書いておく。



うちの一番小さい人(高校生)の、この教科書が結構お気に入り。読んだあと、「訳せ」と言われて、なんとなくすぐ内容を説明できた。すげ〜!と拍手喝采。(にやけた。笑。)

多分私はこのくらいのレベルなのかな。(嬉しみ味わうの大事〜。)高校生の時、嬉しみなんて一つもなかったのにな。

ちょっとおすすめ。



したっけね〜!(北海道弁)


◇◇◇Read my blog in English only◇◇◇



Like! Click here▼▼▼

1.   2.にほんブログ村 英語ブログ 英語の日記(和英併記)へ

Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...

Comments

Popular Posts